人生に目標は必要か?【森博嗣】新連載「道草の道標」第3回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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人生に目標は必要か?【森博嗣】新連載「道草の道標」第3回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第3回


森博嗣先生が日々巡らせておられる思索の数々。できるだけ取りこぼさず、言葉の結晶として残したい。森先生のエッセィを読み続けたい。なぜなら、自分の内から湧き上がる力を感じられるから。どれだけ道に迷い込み、彷徨ったとしても、諦めず前に進んでいけることができるから。珠玉の連載エッセィ第4弾「道草の道標」。奇跡のスタートです! 第3回は「人生に目標は必要か?」


 

 

第3回 人生に目標は必要か?

 

【人生の目標を思い描いたことはない】

 

 自分でいうのもなんだが、僕は子供の頃からわりと思慮深い方だった。あれこれ未来のことを考えた。周囲にそういう話をふってくるような大人はいなかったし、友達ともそんな話はしない。ただ、自分一人でこっそりと空想するだけ。漫画は中学生になるまで読んだことがなかったし、TVはNHKしか見せてもらえなかった。映画は見にいったが、本は読めない子供だった。だから、SFもまともに体験していない。それでも、なんとなく未来はこんなふうになるのかな、というネタを、少年誌の表紙の絵とか、プラモデルの箱の絵などから得ていた。サンダーバードは大好きだった(NHKだから見せてもらえた)。

 そういうわけだから、未来のイメージなら持っていた。ただし、その未来に自分は何をしているのか、というビジョンは残念ながら抱かなかったようだ。というか、そんな未来まで自分は生きられないだろう、という観念に取り憑かれていた。躰が弱かったから、長くは生きられない、と感じていた

 高校生になっても、将来どんな仕事をするかなんて決めていなかった。数学と物理しか良い点が取れなかったので、必然的に理系へ進学する道しか思い描けなかったけれど、たとえば、絵や音楽など芸術への憧れのようなものも、さほどなかった。そこそこの創作はできたけれど、単に「できる」という程度の才能だと自覚していて、それで身を立てようなんて烏滸がましい気持ちは持ったことがない。

 父親が病弱な人だったので、彼の仕事(建築業)を引き継いでも良いか、というくらいの足掛かりしかなかったものの、とりあえず建築学科に入学した。ところが結局は、跡継ぎにはならず、研究者の道へ進むことになった。特に研究者を目指していたわけではなく、単なる成り行きといって良い。大学院を修了した時点で結婚することになっていたから、稼ぎがあった方が都合が良く、安月給だったけれど大学の教官として採用された。

 職業というのは、食べていければそれで充分、というのが一貫して持っている僕の価値観である。そのうえで、では何のための人生なのか、というと、それはわからない。考えないわけではなく、ときどき考える。考えるのだが、わからないのだ。なんとなく、こんなことがしたいな、と思うことがあって、それを一時的に目指し、少し実現させ、また、別のしたいことを思いつき、そこまではこつこつと励む。そんな繰り返しだった。マラソンにたとえるなら、あの信号まで、あそこの角まで、と近い目標を目指して、とりあえず走っているような感じ。ゴールのことなんて考えていない。マラソンならまだしも、人生のゴールなんて、ほとんどの人は思い描けないのではないか。僕も、そんな遠い目標を持ったことは一度もない。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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